#構造から味を設計する
週刊シェフディレクション
言語化できない“うまさ”は、存在しない。
現場の直感を、構造でとらえなおす──
週1本、「料理 × 思考」の深掘りをお届けします。
──ペアリングはこちら。
どれから味わうかは、あなたの順番で。
読むことは、選ぶことでもある。
だから今度は──あなただけの順番で、コースをひらいてほしい。
──考える料理は、どこから始まったのか。
最初は、ただのメモだったんです。「なんでこの火入れでうまくいったのか」「なんで今日は失敗したのか」。誰かに見せるつもりもなく、自分の中で整理するためだけに、ノートに書き残していた。
そんな出発点を、ここに置いておきます。──「書いてみるか」と思った夜があった。
その日も失敗だった。火が入りすぎて、脂が滲んで、盛りつけた瞬間に萎えた。
なんとなく、書いてみた。あとで見返しても稚拙で、何も伝わらない。でもそこには、自分でも気づいていなかった判断の跡があった。
それが最初の一行だった。
──少しだけ、他人の目を意識した。
うまく言えなかった感覚が、書きながら輪郭を持っていく。それが面白くて、何度も書き直した。誰かに見せるつもりはなかったけれど、読みやすくしたくなった。問答が続くうちに、“料理の記録”は、“考えの料理”になっていった。
まだ文章として成立していなかった。でも、もうメモではなかった。
──構造を支える根拠を、探しにいった。
伝えるには納得がいる。納得のない言葉は、感覚の押しつけになる。自分の判断に裏打ちがほしくて、論文を漁った。熱伝導のモデル、神経応答の遅延、塩のイオン拡散速度。現場での違和感を言葉にするために、物理学や熱力学、心理学や神経生理学の書物まであさった。そうやって、感覚は「構造」に、構造は「根拠」に変わっていった。この連載は、その変換の軌跡でもある。
──それは、ただの思考じゃなかった。
書いたことが誰かに刺さった。構造を言葉にしただけなのに、頼まれた。売れるとは思っていなかった。けれど、「その考え方がほしい」と言われたとき、はじめて、思考には値段がつくことを知った。感覚でもテクニックでもない、“なぜそうしたか”を語れること自体が、料理の外で価値になった。それは嬉しさではなく、静かな断絶だった。考えつづけていたことが、ある瞬間から、仕事になった。
──わからないことが、少なくなっていった。
読みたい論文はほとんど読んだ。知りたかった反応も、熱の流れも、味の知覚も、ある程度の構造が見えてしまった。知らないことが少なくなるほど、誰にも聞けないことばかりになって、どこか孤独になった。そして気づいた。文章には限界がある。構造は言葉になるけれど、判断の揺らぎや、手が止まった理由のようなものは、どうしてもこぼれてしまう。伝えたいことより、伝えきれないことの方が多くなった。けれど、それでも書き続けている。
──文章から、はみ出していく。
書くことの限界に触れたあとで、気づいた。文章それ自体も、ひとつの構造にすぎなかった。だから今は、文章を組むのではなく、文章を“配置”している。伝えることではなく、見せ方そのものに意味が生まれるように、配置を設計している。Webの構造、UI、余白、順番、色。すべてが、言葉の続きを担っている。ここまで書いてきたものもまた、ひとつの表現形式にすぎない。書くことは終わらないけれど、書く場所は、変わっていく。
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